量子測定理論~フォン・ノイマンの測定過程理論
量子測定理論~フォン・ノイマンの測定過程理論
1.はじめに
粒子の生成・消滅のような適用範囲でないものを除き、量子力学が自然界で起こり得るあらやる事柄の完全な記述を与えることができるのであれば、量子的な測定の過程もまた、測定装置の波動関数と測定されている系の波動関数によって記述されます。この量子力学的な測定過程は、フォン・ノイマンによって数学的な取扱いがなされています。
2.量子系の相互作用
事前準備として、次のような条件の下での量子系の相互作用を定義します。
まず、量子系Aと量子系Sが、相互作用せずにそれぞれハミルトン演算子とにより、シュレディンガー方程式に従って時間発展しているものとします。
この場合、全体のハミルトン演算子は、
(1)
となります。ここで、、を変数だけの関数、を変数だけの関数として表していることは、量子系Aと量子系Sには相互作用が無いことを意味しています。
次に、量子系Sの波動関数は、シュレディンガー方程式の解からなる直交関数系によって展開されるものとします。
(2)
(は未知の複素関数)
量子系Aと量子系Sが相互作用を始めると、ハミルトン演算子に第三項が現れます。これを、と表すと、
(3)
となります。
さて、ここまでは全く近似を使っておらず、式(3)を用いてシュレディンガー方程式を解けば厳密解を得ることができます。しかし、ここで数学的な取扱いを簡単にするために、
(4)
という近似を用いることとします。従って、相互作用が生じている際のハミルトン演算子は、
(5)
となります。この近似は、相互作用が非常に強いことを意味しています。
3.量子系の相関
量子系Aと量子系Sというアルファベットを用いたことから、察しの良い方は予想していたと思いますが、量子系Aは測定装置(apparatas:装置)の深針、量子系Sは測定される系(system:系)を表しています。測定が行われるためには、対象となる物理量を量子系Sの波動関数から量子系Aの波動関数へと相関させ(量子系Sの波動関数の違いを量子系Aの波動関数で表すこと)、何等かの方法で量子系Aの差異を古典的に見える形式(メーターや写真乾板上の点など)にする必要があります。ここではまず、測定される系と測定装置を相関させるための相互作用を数式化します。
相互作用の間、系Sが変化する可能性が2つあります。1つは、相互作用の間にも測定する物理量がシュレディンガー方程式によって変化すること、もう1つは、測定装置との相互作用による変化です。古典力学で考えてみてもわかるように、測定の間に変化する系を取扱うのは困難です。そこで、この変化を無いものとするために、相互作用に一定の条件を付けます。
1つは、式(5)で、もう1つはこの相互作用を極短時間とすることです。これにより相互作用の間、相互作用とは独立に生じるとによるシュレディンガー方程式の変化を無視することができます。このような相互作用を衝突的相互作用ということにします。しかし、このような衝突的相互作用だけでは、相互作用自体によって測定しようとする変数にもたらされる変化は回避することができません。そこで、を次のようなものに設定することにします。
まず、測定対象となるオブザーバブルを演算子で表し、この演算子は固有値、固有関数であるとします。つまり、
(6)
です。
量子系Aと量子系Sを相関させ、オブザーバブルを量子系Sの波動関数に反映させるためには、はに依存すると同時に、少なくともに関係していることが必要となります。ここで、をが対角的である同じ表示でやはり対角的であるように選ぶと、のひとつの値から他の値への遷移に対応するマトリックス要素は零になります。このことは、相互作用がどんなに強くても、は全く変化しないことを意味しています。相互作用をこのように設定することで、相互作用自体によって観測しつつある変数にもたらされる変化も回避できます。このようなを、
(7)
と表すことができ、とだけの関数となります。
また、量子系Sの波動関数は相互作用の間に変化しないことが前提とされたことにより、式(2)は相互作用の間は、
(8)
(は未知の複素数)
となり、時間に依存しなくなります。
4.シュレディンガー方程式の適用
それでは、相互作用している間のシュレディンガー方程式を量子系Aと量子系Sの結合系について解きます。
まず、結合系の波動関数は量子系Aの波動関数をとすると、
(9)
となります。
すると、シュレディンガー方程式は、
(10)
となります。なお、となるのは、式(6)によります。
ここで、式(10)の両辺にを乗じて、について積分するとが直交関数系であることから、
(11)
となります。この式(11)は、測定装置である量子系Aの波動関数が、系Sの各固有値によって、それぞれ相異なる状態の変化を受けるということを意味しています。この測定装置の変数とという2つのオブザーバブルの相関こそが、相互作用を測定に利用するためポイントとなります。
さて、相互作用がで始まったとすると、式(11)の解は形式的に、
(12)
と表すことができ、系Sの各固有値の値によっての時間的発展に違いが生じることがわかります。この式(12)を式(9)に代入すると、結合系の波動関数は、
(13)
となります。このことは、相互作用により各固有状態に応じて、
と時間発展することを意味しています。従って、量子系Sがというように固有状態であった場合は、
というように量子系Aの波動関数が変化するが、式(8)のように量子系Sがオブザ-バブルについて重ね合わせの状態である場合には、結合系においてもその重ね合せが維持されることとなります。そのため、量子系Aと相互作用により相関させたとしても、オブザ-バブルの物理量を得ることはできません。
ここでは、測定装置を敢えて量子系Aとましたが、フォン・ノイマンの取扱いでは測定装置は量子系ではなく、古典的な測定装置とされ、波動関数がガウス波束のような波束であるとされています。そして、そのような古典的な系だからこそ、当然に確定的な測定値が得られることが前提とされています。このことは、量子系と古典的な測定装置の相互作用により、波束の収縮が起こることを意味しています。つまり、式(8)のような重ね合わせの状態にある量子系Sの波動関数は、相互作用が起こると、
というように、特定の状態に変化することが前提となっています。なお、「量子系と古典的な測定装置の相互作用により波束の収縮が起きる」というのは仮説であり、相互作用によって波束の収縮が起こる過程については、これまでの考察では何も説明されていません。
4.相互作用の連鎖
測定装置は我々が目に見える形で物理量を表すのだから、古典的な系であることに違いはありません。しかし、そのような測定装置も結局は量子系の集合なのだから、量子系と古典系の直接的な相互作用を前提とせず、量子系と量子系の相互作用の集合として測定過程も説明されると考えるのが自然です。そこで、次のような相互作用の連鎖を考えてみます。
まず、測定される系をこれまでと同様に量子系Sとし、これを量子系A1と相互作用させる。ここでも、相互作用は衝撃的相互作用であり(量子系A1の変数をとする)、相互作用が起こっている間、系Sと系A1のそれぞれに固有のハミルトニアンは無視でき、はやはりが対角的である同じ表示でやはり対角的であるものとします。そして、この相互作用の起こる時間をとする。すると、における結合系の波動関数は、
(14)
となります。
続いて、に系Sと系A1の相互作用が終ると同時に、系A1と系A2に同じような衝撃的相互作用を開始するものとします。(は、を変数とする波動関数に作用する演算子という意味)相互作用の場合と同様にが作用する間は、系A1の波動関数の変化は無視できるものとします。従って、系Sと系A1の結合系の波動関数は、
(15)
となります。そして、系A2の波動関数をとすれば、系Sと系A1及び系A2の結合系の波動関数は、
となります。そして、この結合系に衝突的相互作用のみが作用している間のシュレディンガー方程式は、
(16)
であり、を両辺に乗じてで積分すれば、が直交関数系であることより、
(17)
ここで、であると仮定すれば、であるため、両辺からを落とすことができ、
(18)
となります。この式(18)は、式(11)と同様に、系A1の各固有値に応じてが異なる時間的発展をすることを意味しており、式(12)と同様に形式的な解は、
(19)
となり、結合系の波動関数は、
(20)
となります。
さて、このようにして同様の相互作用を系A3・系A4・系A5・系A6・系A7・系A7・・・・・・・・系ANというように、どんどん衝突的相互作用を連鎖させていくと、結合系全体の波動関数は、
(21)
となることがわかるかと思います。このことは、系Sの重ね合わせの状態が、後続の量子系にどこまでも先送りされることを意味し、測定結果が得られないことを示しています。フォン・ノイマンは、この矛盾を回避するために、最終的には重ね合わせの状態が人間の意識に伝わる直前まで押しやられ、意識と相互作用することにより波束の収縮が起こると解釈しました。つまり、測定装置から人間の感覚器官、さらには神経、脳・・にまで重ね合わせの状態は維持されると考えたのです。(「・・・」は身体と意識の意識の接点までを表します。これがどこなのか、今のところ判っていません。恐らく、判ることも無いと思います。なお、この解釈を受け入れると、そのままシュレディンガーの猫のパラドクスも解決されます。)
このフォン・ノイマンの解釈よりも、ある程度受け入れやすい別の解釈も存在します。誰が考えたか知りませんが、私が有力だと思う解釈を最後に紹介します。
まず、式(21)の形式からわかるように、という波動関数の積うち、どれか1つがある状態に確定すれば(波束の収縮を起こせば)、他の波動関数が収縮を起こさなくともは確定した状態となり測定結果が得られることがわかります。つまり、、 となれば、ということです。一方、測定装置というのは非常に多くの量子系から構成されており、式(21)で表そうとすれば、Nは非常に大きな数になります。
ここで、「波動関数は非常に小さな確率で、自律的に波束の収縮を起こす」と仮定します。これまで、量子系の相互作用を考察して来ましたが、このような相互作用とは無関係に、自ら起こるというのが自律的という意味です。そうすると、Nが非常に大きければ、自律的な収縮の起こる確率が非常に低くても、のどこかで自律的な収縮を起こすことは十分にあり得ます。すると、式(21)の多重的な構造から についても波束の収縮が起こり観測値が得られることになります。