数学と物理学のブログ

本業から離れて、趣味である数学と物理学について書きます。

量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)とコッヘン=シュペッカーのNO-GO定理

量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)とコッヘン=シュペッカーのNO-GO定理NO-GO定理


ここでは、「量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)による力学の概要」で用いた数式を引用することがあります。その場合は、概要式(10)」というように標記します。また、同様に公理や命題を引用することもありますが、公理や命題の番号は「量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)による力学の概要」から通し番号にします。(公理1~公理4、命題1~命題11、補題1~2は「量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)による力学の概要」からの引用となります。)

1.所有値とオブザーバブル(観測可能量)

古典物理学は、運動量やエネルギーといった物理量を理想的に測定すれば唯一の値が得られ、その測定値は測定前からその物理量が有していたものであるという暗黙の前提の上に成り立っています。従って、観測して測定される得る値は一意に定まっており、「物理量が有する値」「観測すれば測定され得る値」「理想的な測定値」を区別する必要はありません。
これに対して、量子力学は「観測すれば測定され得る値」が多数存在していて、その中から1つの値が「理想的な測定値」として確率的に出現するという構成の上に成り立っています。このような一見して、我々の直観に反する論理が与えられているのは、シュレディンガー方程式が実験結果と一致するという事実を説明するために与えらた後付けの解釈であるためです。
このような多数存在する「観測すれば測定され得る値」は、物理量に応じて決まった演算子固有値となっており、こういう状況を指して物理量は「観測可能量(オブザーバブル)」であるとも言われています。
しかし、「観測すれば測定され得る値」が多数存在し1つの演算子固有値となっていれば、逆に演算子から「観測すれば測定され得る値」を数学的に導くことが可能なため、通常はこの演算子のことを観測可能量(オブザーバブル)というのが一般的です。しかし、量という言葉の意味からすれば、観測可能量というのは誤解を生じやすいため、以後「オブザーバブル」という言葉を使用することにします。なお、物理量は実数であり、「観測すれば測定され得る値」も実数であることから、それを固有値とする演算子は、必ずエルミート演算子であります。従って、物理量はオブザーバブルであり、それはエルミート演算子であるということになります。
量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)による力学の概要」では、所有値(=「ある物理量を観測していなくとも系が所有していると考えらえる値」)を主に取扱い、対照的な概念として「観測可能量」(=「ある物理量を観測すると測定され得る値」)を用い、この「観測可能量」という言葉を、通常用いられている演算子としての「オブザーバブル」とは異なる意味で使用していましたが、ここでは、標準的な「オブザーバブル」とその所有値の関係を与えます。(「量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)による力学の概要」では、演算子そのものよりもその固有値全体という意味で「観測可能量」という言葉を用いていました。通常は、演算子のほうを観測可能量(オブザーバブル)といいます。)

【公理4】(所有値とオブザーバブルの関係)
系が位置 x を所有値として有する粒子とそれに随伴するパイロット波Ψによって表されているとき、その系の物理量であるオブザーバブルA(エルミート演算子)について、粒子は所有値としては次にような a を有する。(Re(・)は、実部のみを取ることを意味します。)


       a(x,t)=Re(\frac{Ψ(x,t)*AΨ(x,t)}{Ψ(x,t)*Ψ(x,t)})     (1)

なお、概要(11)(ψ(x,t)≡R(x,t)exp(i\frac{S(x,t)}{ℏ}))を用いると、

     a(x,t)=Re(\frac{R(x,t)e^{-i\frac{S(x,t)}{ℏ}}AR(x,t)e^{i\frac{S(x,t)}{ℏ}}}{R(x,t)^2})   (2)

となる。
【公理4】は、あらゆるオブザーバブルAが、粒子の所有値の場(時間と位置に依存する)となることを示していますが、これを運動量に適用すると次のような結論が得られます。


【命題12】
パイロット波Ψが随伴する粒子は、運動量として次のような [P(x,t)]を有し、その運動量の場に従って運動する。

           P(x,t)=∇S(x,t)     (3)

(証明)
運動量のオブザーバブルは、P=-iℏ∇であるから、式(2)より、

     p=Re(\frac{R(x,t)e^{-i\frac{S(x,t)}{ℏ}}(-iℏ∇)R(x,t)e^{i\frac{S(x,t)}{ℏ}}}{R(x,t)^2})
        =Re(\frac{R(x,t)e^{-i\frac{S(x,t)}{ℏ}}(-iℏ∇R(x,t)+R(x,t)∇S(x,t))e^{i\frac{S(x,t)}{ℏ}}}{R(x,t)^2})
        =Re(\frac{-iℏR(x,t)∇R(x,t)+R(x,t)^{2}∇S(x,t))}{R(x,t)^2})=∇S(x,t)   (4)

   (R及びS は、概要(11)(ψ(x,t)≡R(x,t)exp(i\frac{S(x,t)}{ℏ}))の定義により実数)
以上のことから、式(3)が成り立つことがわかります。

【命題12】から粒子の質量が mであったとすれば、概要式(12)に従い粒子が運動することが明らかとなります。従って、【公理3】、より一般的である【公理4】の内容に抱合されることになりますので、[公理3]を不要となります。
次に、エネルギーのオブザーバブルであるハミルトニアンH=iћ∂/∂tついて、【公理4】を適用すると、【命題4】の概要式(17)と同じ結果になることがわかる。


【命題13】
パイロット波Ψが随伴する粒子は、エネルギーとして次のようなE(x,t)を有する。

              E=-∂S(x,t)/∂t     (5)

(証明)
エネルギーのオブザーバブルであるH=iћ∂/∂tを、式(2)のAに代入すれば明らか。



補題3】
運動量所有値の自乗p(x,t)^{2}と運動量自乗の所有値p^{2}(x,t)の間には次のような関係が成り立つ。

p^{2}(x,t)=-\frac{ћ^{2}}{R(x,t)}∇^{2}R(x,t)+(∇S(x,t))^{2}=-\frac{ћ^{2}}{R(x,t)}∇^{2}R(x,t)+p(x,t)^{2}    (6)

(証明)
式(2)より、

 p^{2}(x,t)=Re(\frac{R(x,t)e^{-i\frac{S(x,t)}{ℏ}}(-iℏ∇)^{2}R(x,t)e^{i\frac{S(x,t)}{ℏ}}}{R(x,t)^2})
     =Re(\frac{R(x,t)e^{-i\frac{S(x,t)}{ℏ}}(-iℏ∇)(-iℏ∇R(x,t)+R(x,t)∇S(x,t))R(x,t)e^{i\frac{S(x,t)}{ℏ}}}{R(x,t)^2})
     =Re(\frac{R(-2iℏ∇S・∇R-ℏ^{2}∇^{2}R+R(∇S)^{2})}{R^2})
     =-\frac{ћ^{2}}{R}∇^{2}R+(∇S)^{2}=-\frac{ћ^{2}}{R(x,t)}∇^{2}R(x,t)+p(x,t)^{2}
 

2.FUNCとコッヘン=シュペッカーのNO-GO定理

まず、「ベルの定理」と「コッヘン=シュペッカーのNO-GO定理」について簡単に説明します。
証明過程は省略しますが、「ベルの定理」とは次のように3つの条件が両立しないことを証明したものです。

ベルの定理
次の3つの条件は両立しない。
 (1) 個々の量子系について、すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できる。
 (2) そのような個々の量子系に付与された値が、集団としては量子力学の統計的予測を再現する。
 (3) 量子系においては局所的な相関しかない。

量子力学が実験事実と整合することから、(2)は成立するものとみなします。すると、ベルの定理を満たすためには、(1)か(3)のいずれかが否定されなければなりませんが、(1)を否定し(3)を肯定するのが標準解釈で、「個々の量子系について、すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できない。」が「量子系においては局所的な相関しかない。」とする立場です。

【標準解釈】
 ・個々の量子系について、すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できない。
 ・量子系においては局所的な相関しかない。」

一方で、軌跡解釈は(1)を肯定し、(3)を否定するもので、「すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できる。」が「量子系においては非局所的な相関もありうる。」とする立場です。もっとも、(1)を肯定しすべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できるとしても、その同時確定した値を同時に観測できることを意味するのではなく、所有値(=「あるオブザーバブルを観測していな
くとも系が所有していると考えらえる値」)として粒子が確定した値を有するとすることも可能です。一般的に軌跡解釈はこの論理構成に依拠するもので、所有値という概念は言わば「隠れた変数」であり、軌跡解釈が「非局所的な隠れた変数の理論」と呼ばれるのはこのためです。

【軌跡解釈】
 ・すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できる。
 ・量子系においては非局所的な相関もありうる。

「コッヘン=シュペッカーの NO-GO 定理」(KS定理)は、次のような3つの条件が両立しないことを示すものですが、これにより【ベルの定理】の条件(1)を否定し「すべてのオブザーバブルに同時に確定した値を付与できない。」と結論付けており、できないこと証明したという意味でNO-GO 定理と言われています。しかし、KS定理は証明の過程で、同時に確定した値を付与されたオブザーバブルが有するFUNC(The Functional Composition Principle)という規則を用いていますが、軌跡解釈ではこのFUNCが成り立たないことを示すことができ、KS定理によって軌跡解釈が否定されたとは必ずしもいい切れません。

【コッヘン=シュペッカーの NO-GO 定理】(KS定理)
次の3つの条件は両立しない。
 (1) 個々の量子系について、すべての物理量に同時に確定した値を付与できる。
 (2) もし個々の量子系について、すべての物理量が同時に確定した値を有するなら、その値は測定状況に依存しない。
 (3) 個々の量子系について、すべての物理量の取り得る値と射影演算子には1対1の対応関係がある。

この定理の証明には次のような公理を仮定する必要があります。これはエルミート演算子オブザーバブルであるための条件を仮定するものです。(全てのエルミート演算子オブザーバブルであるわけではありません。)

【仮定】
エルミート演算子A固有値である実数a が定義されており、与えられた量子状態について、Aに対する量子力学の統計的計算により、b=ρ([A]=a)である実数 b が導かれるなら、実数aに対するエルミート演算子Aオブザーバブルである。
(ここで、〔A〕とはエルミート演算子A固有値である実数を表し、b=ρ([A]=a)とは〔A〕=aである確率を表す。)

この仮定を用いた、KS定理の証明過程の概要は次のようになります。

(証明1)(FUNCの導出)
ある量子系にオブザーバブルAがある。KS定理の(1)が成立するなら、オブザーバブルAは所有値として[A]=aを有する。従って、ある関数 f:R→R に対して、値f([A]=b)を定義することができる。(f:R→Rは、関数 f が実数から実数への関数であることを表す。)
また、【仮定】よりオブザーバブルA量子力学の統計的計算により確率c=ρ([A]=a)を定義することができる。
一方、関数fにより、エルミート演算子B=f(A)を定義することができ、確率の定義より、ρ([A]=a)=ρ([f(A)]=a)が成り立つ。
従って、エルミート演算子B=f(A)は、〔B〕=〔f(A)〕=b という値が定義され、量子力学の統計的計算により c=ρ(〔f(A)〕=b)という実数を求めることができるので、【仮定】よりB=f(A)オブザーバブルである。
そして、KS定理の(2)が成立するなら、オブザーバブルBに定義される値〔B〕は測定状況に依存せずに一意であることが言えるため、次のことが成り立つ。

【FUNC】
Aオブザーバブルとし、 f:R→R をある関数とすると、f(A)は一意に定まるオブザーバブルであり、

     〔f(A)〕=f(〔A〕)

が成り立つ。
H=ℏ^2P^2/2mが成り立つのであれば、所有値についてE=ℏ^2p^2/2mが成り立つ)

(証明2)(和の規則の導出)
オブザーバブルABが可換であるとき、ある極大エルミート演算子Cが存在し、ある関数 f , g:R→Rにより、A=f(C)及びB=g(C)と表すことができる。
ここでCはエルミート演算子であるため、スペクトル定理により、

     C=\int{λdE(λ)}

と表すことができるため、

     A=\int{f(λ)dE(λ)}    B=\int{g(λ)dE(λ)}

     A+B=\int{(f(λ)+g(λ))dE(λ)}

となる。ここで、h(λ)=f(λ)+g(λ)を定義すると、

     A+B=\int{h(λ)dE(λ)}=h(C)

であるため、[A+B]=[h(C)]となる。

一方で、

     [A]+[B]=[f(C)]+[g(C)]

なので、ここで【FUNC】より、

     [A]+[B]=[f(C)]+[g(C)]=f([C])+g([C])=h([C])=[h(C)]

となるため、

     [A]+[B]=[A+B]

が成り立りたち、次のことが言える。

【和の規則】
オブザーバブルABが可換であるときが可換であるとき、[A]+[B]=[A+B]が成り立つ。

(証明3)
【仮定】より、恒等演算子オブザーバブルであるといえる。従って、次のような射影演算子の和で与えられる恒等演算子I=P_1+P_2+P_3+・・・P_N には【和の規則】を適用でき、

     [I]=[P_1]+[P_2]+[P_3]+・・・[P_N]

となる。

この先の証明過程は省略しますが、これを用いて、3以上の任意のヒルベルト空間において、相互に直交する一次元射影作用素からなる任意の集合について、その中の一つだけに射影作用素に1を与え、残りすべてに0を与える付与は存在しないことを数学的に証明し、KS定理(3)が成り立たないことが証明され、KS定理は証明されています。

最後まで証明したわけではありませんが、KS定理が成立するためには、【仮定】と【FUNC】が前提となっていることがわかります。
従って、逆にこのどちらかを満たさない理論についてはKS定理の適用除外となる可能性がありそうです。
なお、KS定理が成立することからKS定理(1)を否定的にとらえ「個々の量子系について、すべての物理量に同時に確定した値を付与できない。」とし同時に確定した物理量を否定するのが、コッヘンとシュペッカーが示そうとしたことです。

次のように、軌跡解釈には【FUNC】が適用されないことから、KS定理が必ずしも適用されないことが証明されます。


【命題 16】
軌跡解釈における運動量の所有値はFUNCを満たさない。従って、軌跡解釈にはKS定理が適用されない。

(証明)
FUNCより、f(A)=A^2という関数に対して、

    [f(A)]=[A^2]=[A]^2

が成り立ち、運動量オブザーバブルPが所有値p有し、FUNCを満たすなら、

    [f(P)]=[P^2]=[P]^2

が成り立つはずである。
しかし、【命題12】の式(3)から(p)^2=(∇S(x,t))^2であり、

一方【補題4】式(6)より、

     p^{2}(x,t)=\frac{ћ^{2}}{R(x,t)}∇^{2}R(x,t)+p(x,t)^{2}         


となるため、[P^2]≠[P]^2である。
よって、軌跡解釈における運動量の所有値はFUNCを満たさず、軌跡解釈にKS定理は適用されない。

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