量子力学の軌跡解釈による二重スリットシミュレーション1~ド・ブロイ=ボーム解釈によるアプローチ
量子力学の軌跡解釈による二重スリットシミュレーション~ドブロイ・ボーム解釈によるアプローチ
※量子力学の軌跡解釈(ボーム力学)の概要もしくは量子力学の軌跡解釈のガウス関数への適用から数式を引用することがありますが、その場合は「概要(3)式」「ガウス(3)式」のように表記します。
1.ボームによる二重スリットの解釈
D.Bohmによる二重スリットの解釈は、De Broglieが提唱した「パイロット波」解釈を発展させたもので、そのような経緯もあり、「ドブロイ=ボーム解釈」と呼ばれることもあります。なお、二重スリットの解釈と述べたが、それは量子力学の解釈そのものを意味してしており、このことは、『THE UNDIVIDED UNIVERSE』にも触れられています。
「「パイロット波」が粒子の運動を誘導するという考えは、1927年にDe Broglieによって初めて主張されたが、それは単粒子系のみによるものであった。De Broglieは、1927年に開催された「ソルベイ会議」でこの考えをプレゼンしたが、Pauliによって激しく批判された。Pauliの最も重要な批判は、二体の散乱過程では、このモデルを矛盾無く適用できないということであった。その結果、De Broglieは自分の主張を放棄した。「パイロット波」の考えは、その後1952年に、D.Bohmによって多体系での解釈が加えられ、再び主張された。De Broglieの主張は、Pauliの批判に答えることが可能であり、実際に、量子現象の多くの領域に適用できる観測の理論を含む一貫した解釈に道を開いた。その結果、De Broglieは最初の自分の考えを再度主張し、それらを多様な方法で発展させていった。」(『THE UNDIVIDED UNIVERSE』より抜粋)
さて、軌跡解釈(=「ドブロイ=ボーム解釈」)による二重スリットの解釈は、おおまかにいって次のようなものとなります。例として、電子を用いて二重スリットシミュレーションを行うものとしました。なお、二重スリットについて詳しく知らない人は、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E9%87%8D%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%88%E5%AE%9F%E9%A8%93(ウィキペディア)等を参照してください。
- ①電子は粒子として存在している。
- ③電子は粒子として、パイロット波によって誘導され運動する。
- ④電子は粒子だから、二重スリットのどちらか一方を通り抜ける。
- ⑤パイロット波は、二重スリットの両方を通り、通り抜けると干渉を起こす。
- ⑦その結果、スクリーンに浮かび上がる電子の像は干渉した波のようなものになる。
標準解釈では、粒子の実在を前提とせず、実在の基礎を波動関数とするため、波動関数が同時に2つのスリットを通り抜け干渉を起こし、その結果スクリーン上に干渉像のような分布が浮かび上がるということになります。古典的には理解しにくいですが、粒子の実在を否定するため、波動関数が同時に2つのスリットを通り抜けることができるということになります。
標準解釈がどうであれ、軌跡会社では波動関数が粒子の運動を誘発するパイロット波となるため、二重スリットを扱うには、
- ①二重スリットの波動関数を求める。
- ②求めた波動関数を、(概要(11)式) に当てはめ、RまたはSを求める。
- ③Sを求めた場合、(概要(12)式)から運動量が求まり、ここから粒子運動の軌道が求まる。ただし、初期条件を確定させることができないため、初期条件を仮に設定した場合の軌道となる。
- ④を求めた場合、(概要(16)式から量子ポテンシャルが求まり、これを(概要(15)式)に代入すれば、粒子運動の軌道が求まる。ただし、初期条件のうち初速度は③から求まるが、位置のほうは確定させることができないため、やはり初期条件を仮に設定した場合の軌道となることは、③の場合と同様である。
とすればよく、ここでは③を用いることにしました。
なお、数式を簡単にするために、以下、m(電子の質量)=ћ=c(光速度)=1となる原子単位系を用います。
2.2次元ガウス波束
まず、で中心が、にあり、x方向に速度で移動するガウス波束の波動関数を求めてみます。x方向とy方向はそれぞれ独立であるため、ガウス式(7)より直ちに、
× (1)
となります。なお、はy方向の波束の広がりで、(対象の粒子は電子)としています。
同様にして、、で中心が、にあり、x方向に速度で移動するガウス波束の波動関数は、
× (2)
となります。
とは、いずれもx方向に速度で進行するガウス波束の波動関数ですが、での波束の中心はそれぞれ、となっており、二重スリットの双方を推進する波動関数(パイロット波)を表します。
図1
そこで、を求めます。
まず、x方向y方向のガウス波束がそれぞれ独立であるため当然のことですが、式(1)と式(2)から直ちにわかることは、に依存する因子は ,ともに共通となります。そこで、これをとすれば、
となります。ここで、
(3)
(4)
(5)
とすれば、
(6)
となります。
さらに、式(6)の第4因子を
とおけば、
(7)
(8)
(9)
であるため、
(10)
となります。
ここで、式(9)の絶対値(複素共役)を計算して、粒子の確率密度を求めてみます。
(11)
ここから、に依存する部分だけ取り出せば、
(12)
となります。ここでとなっているのは、波動関数を規格化していないからです。このを時間毎にプロットすると、次のようになる。
図2
最初は、及びの周りに集中しているが、時間が経つにつれて分布が広がって行き、干渉を起こす様子がわかります。なお、を0.1ずつの間隔で-50.0~50.0までとり、をプロットしたものの一部ですが、時間毎に規格化定数が異なるためy=-50.0からy=50.0までの式(12)右辺の総和を求め(これは近似的に積分範囲-50.0~50.0でを計算することにあたります)、その総和で除算した上でプロットしています。図からわかるように、全ての時間においての絶対値が40となる辺りでがほとんど0になることから、規格化は概ね正確ですので、が異なっていても確率分布として比較することができます。
さて、図2での曲線について近辺のみをプロットすると、図3のようになります。
図3
図3によると概ねの4倍~6倍程度の範囲(原点に近い領域でで確率分布が小さくなることがわかります。これは、シミュレーションをする際にスリットの幅をに対してどの程度に設定すべきかということに関係します。これによると、に対して4倍~6倍程度に設定するのが妥当です。
さて、いよいよ式(10)をで偏微分し、y方向の運動量(=y方向の速度:m=1、)を求めると、
となります。
そして、式(8)により、非常に煩雑なの計算を行うと、
(13)
続いて、x方向ですが、式(6)のに相当する部分は、「量子力学の軌跡解釈のガウス関数への適用」の(7)式(ガウス(7)式)と同じです。x方向とy方向を独立するものとして波動関数を設定していますので、当然の結果です。従って、x方向の軌跡は解析的に求めることが可能で、ガウス(19)式より、
(14)
となります。なお、がにおける粒子の位置のx座標となります。
3.シミュレーションの実行
式(13)と式(14)を用いれば、2重スリットのシミュレーションが可能になります。x方向は、解析的に解が判っているので特に近似計算をする必要はありません。式(14)については、次のようにして粒子軌道を計算します。
- ① におけるの初期値を設定する。
- ② 式(13)のはとしていることから、これは時間と位置により与えらえる速度と見なすことができるため、ある時間ににある粒子の速度をと表し、時間の刻みをとすれば、
により、y_0から順次任意の時刻における粒子の位置が求まる。
あまり、精度が高い近似ではありませんが、これにより粒子のy方向の位置をシミュレートします。
なお、初期値の設定はとし、y軸の正座標側をの周りに、y軸の負座標側をの周りにとして与えることとし、がスリットの幅に相当します。図3の後で説明したように、はの4倍~6倍程度の大きさとします。また、としました。
続いて、x方向の運動については、式(14)でとしてシミュレーションを行います。理由は、このように扱うと粒子の軌跡が判り易くなることと、『THE UNDIVIDED UNIVERSE』の中で紹介されているものと同様の軌跡が得られるためです。
まず、図4~図8は、スリットの幅(a)=6.00,スリットの間隔(2b)=20.00~4.00,時間の刻みとし、粒子の軌跡120本をまでプロットしたものです。初期値となる粒子の位置は、スリットの幅であるa=6.00の範囲で0.01毎に等間隔に設定しました。(各スリット60本の軌跡が2スリットで120本の軌跡)
粒子が干渉のような粗密性のある軌道を辿ることがわかります。
図4~図8のどの図も、初期値が異なる軌道が多数描かれているのであり、決して流体のようなものではありません。粒子の実在を仮定する軌跡解釈では、スリットを通った1つの粒子が、このような軌道の1つを辿る運動をすることになります。従って、どちらかのスリットを粒子が通ったとすることができ、さらに粒子がどちらかのスリットを通ることと干渉像が生じることの間に矛盾が生じないのです。ただし、初期値を確定することができないため、どの軌道を実際に粒子が辿るのかは予測することはできません。粒子の実在を肯定し、粒子の不可分性を保ち、干渉像が表れることが説明できるという意味で、軌跡解釈は直観的に理解しやすく、二重スリットの問題に限定するなら、標準解釈より優れています。
続いて、図9は図4を拡大したものです。粒子がどのような運動をし、干渉像を形成するのかがわかります。
なお、この軌跡の粗密性がそのまま粒子の干渉を表すわけではありません。この120本の軌跡は、におけるを等間隔に定めていますので、における確率密度が考慮されていません。干渉像を得るためには、図2での曲線の確率で粒子を発生させて、その軌跡を追っていく必要があります。フォンノイマンの棄却法を用いて、図2での曲線の確率で粒子を発生させて、実際に干渉像ができる様子を動画にしてみました。これは、b=8で10,000個の軌跡を用い、x=20でのyの値に粒子を表示させています。なお、画面の縦方向の位置は0~1の一様乱数を利用してランダムに表示しています。干渉像が得られることがわかります。
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